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実連サイパンツァーメインレポート
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1985年4月、前年のJAL CUPを受けて高輪で全日本実業団ボードセイリング連盟の設立総会が開催され9社70名で実連が正式発足しました。成人式を迎え、いろいろイベントやろうよって20周年委員会が設けられましたが、そのメインとして考えられたのがリゾート地でのレース&パーティーでした。
オクマがいいよ、いや沖縄ならムーンビーチ、与論はどうよ、いっそマウイ!!いやもっと現実的に・・・・と実行委員会であれこれ論議し、結局サイパンにしようと決まった。そうそう、この影には2005年2月以降2回も実連のために(?)サイパンに行き現地調査&折衝にあたったIさんの努力があった。場所も日程も決まった。宿泊も「あの」センチュリーハイアットが実連特別価格で引き受けてくれた。2005年のイベントごとに招待券を提供し盛り上げも図った。さて何人集まるかと9月に募集をしたら何と100名以上の応募!!すごい、盛り上がるぞと実行委員会は有頂天でした。
ところがここから逆風が吹きまくる。まずJALのサイパン線撤退(これでJALマイレージ使用予定者が脱落)、続いてノースウエスト航空が破産するという噂が飛び込んできて大慌て。航空会社破産の場合果たして便は飛ぶのか?航空券は紙切れにならないか?申込者に航空券の予約をいったん見合わせるよう案内し、いろいろ検討しました。結局ノースウエストは破産しても(実際破産したけど)サイパン便は飛ぶと判断し、予約のGoサインを参加者に案内しましたが、その頃から石油価格の暴騰が始まり、4万円弱だった運賃がどんどん上がり11月頃に予約しようとしたら6万円近く。これでまた何人も脱落してしまいました。(この逆風に立ち向かった幹事の回顧録はこちら
この後も直前まで仕事の関係で参加が危なかった人、結局仕事の調整がつかず脱落した人もいて(サラリーマンの涙の奮闘話はこちら)最終参加者は64名。直前にもオーバーブッキングとかいろいろ事件があったけど(サイパン事件簿はこちら)結局12月10日夜には最終参加者全員がサイパンの土を踏んだ。
翌11日、午前中はスクールあるいはフリーセイリング。7−8m吹いていたので日本ではとてもスクールは無理だが、遠浅で波なしのサイパンでは問題なし。(スクールを受けた西日本の姉御、Sさんのレポートはこちら
午後からはレース開始。ビーチスタート後OUT1−IN−OUT2とダウンウインドで2週してインサイドでフィニッシュするコースを8人ずつで走るもの。道具は全てレンタルなのでセイルエリアは4?−5?台とバラバラ、腕と運が左右するレースとなった。(レース結果はこちら
(レディース優勝みみちゃんの感想はこちら
レース後にビーチの端のレンタルショップに道具を返却して10歩あるけばもうハイアットの敷地という贅沢さ。プールでバレーに燃えたりしているうちに日は暮れてプールサイドでの20周年パーティーが開催されました。
これが20年前だったら多分プール飛び込み者が続出したであろうが、当局の強いお達しもあり南国風にドレスアップした紳士淑女たちは優雅かつにこやかにクイズやリンボーゲームを楽しみました。20年前に実連にかかわってきた人たちからのメッセージやエピソードが披露され、フラダンスも登場し20年目を祝った。
翌日以降は少し落ちた風でウインドを楽しむ人、マニャガハ島へスノーケルに行く人、ウインドでのマニャガハ島上陸をたくらむ人、レンタカーで島内観光を楽しむ人など思い思いのSAIPANを楽しんだ。(ウインドでマニャガハ島に上陸した人の体験記はこちら
企画から実行までいろいろあったが、とりあえずサイパンイベントは大成功!幹事のIさんは「来年もまたやるぞー」って話していますので、今回楽しんだ人も残念ながら来れなかった人も皆さんで来年も盛り上がりましょう!

そうそう、このツアーでは参加者の中で「落書き帳」が回覧されていました。どんなものかはこちら


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CONTENTS
EPISODE 1:今、思えばいろいろ大変だったなぁ・・・幹事の逆風回顧録
EPISODE 2::サラリーマン涙の奮闘記「絶対サイパン行ったるぅ〜」
EPISODE 3:あんなことや、こんなこと・・・サイパン事件簿
EPISODE 4:サイパンむちゃくちゃおもしろかったわ by WEST TEAM
EPISODE 5:やっぱりレースはおまけだったのか・・・とっても短いレースレビュー
EPISODE 6:みみママのサイパンレポート
EPISODE 7:本日決行!マニャガハ島上陸作戦!!
EPISODE 8:サイパン落書き帳


EPISODE1:幹事の逆風回顧録

JALは2005年春、10月からサイパン便を休航と発表した。
実連20周年記念イベントの大打ち上げとして、04年から企画してきた12月のサイパンツアーが、このニュースで暗礁に乗り上げかけた。
サイパン線はノースウェスト(NW)だけになり、航空会社間の価格競争がなくなるので、大人数イベントのコストメリットが得られない可能性があり、最悪の事態としては、飛行機の座席確保すら出来ないという場合が懸念されるのだ。

とにかく、この春発表されたJAL休航ニュースは、我々イベント幹事をびびらせるには十分なものであった。一応、休航反対の署名活動にも協力したが徒労に終わるであろう。
かといってサイパンと同等に大人数でウィンドができ、お手軽に行けるという南の島はほかにないのだ。沖縄じゃ12月は寒いし、そのまま行き先を含む企画変更はしないことにした。
そして7月から仮受付を始めたところ、募集定員である50名近くの応募があった。
とは言うものの自分の中では、70人くらい集まると面目が立つかなぁという思いがあった。

20周年記念イベントとして実連のお金も相当使うので、マンネリ(内輪)メンバーだけの淋しい参加状況でならば、やらない方がましと考えていたし、50人こなければやめるくらいの気持ち、とそれまでの会合でも公言していたからだ。
井田さんと相談し、NWの早期座席確保のため8月末で受付を締め切って旅行会社に名簿を提出することにした。結果、企画担当者としては大変嬉しいことに、実連加盟20数社から90名以上の申込があった。
俄然ヤリガイが出てきたし、思い出深いイベントになりそうである。参加人数にみあうイベント内容も検討することが必要であろうが、なんてったってウィンド界に少なからず刺激を与えることが出来そうな数になった。
とりあえず第一のハードルは大きくクリアー出来た。
座席確保の可否という第二のハードルが目の前に差し掛かっていたが、こればかりは旅行会社任せで吉報を待つのみだ。


航空会社のていたらくには本当にまいる。(マイルと掛けてる訳じゃないよ。)
JALのサイパン線休航でてんやわんやしたのも束の間、今度はノースウェスト航空(NW)の破産騒動だ。
リストラによるストライキ騒ぎや、ハリケーン・カトリーナ被害による燃料高騰問題が拍車をかけたのも悪材料だ。
Xデーは米連邦破産法11条の改正で、再建計画提出期間短縮が施行される10月17日らしい。この前に駆け込み申請をするのではという憶測が流れた。
とはいえJALに続きNWもなくなったら、サイパンへはグアム経由コンチネンタル航空しかなくなり、それも深夜便で不便極まりない。
チケット代を払い込んでからNWが倒産したら、実連としては最悪400万円もの被害になる。この問題のリスクヘッジをどうすべきか。
このハードルは結構高かったなぁ。ふー、この猛烈な北西風には本当にまいったなぁ。(北西風:ノースウェストに掛けてるんだよ。)
ノースウェスト航空(NW)が9/14米連邦破産法第11条適用を申請したことで、営業を継続しつつ会社再生の道を歩むと言う方向付けがされた。
ということで、再生不能の倒産という若干のリスクは残るものの、これはこれですっきりしてチケット予約に踏み切る判断材料が出たのだと思う。チケットは実連で予約するのは止めて、参加者個人の意思と責任で取ってもらうことにした。だから自分は旗振り役としてさっさと座席指定して取ってみた。
この北西風ちゃんと吹き続けてくれるだろうね!たのむぜーと言う思いであった。